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サン・テンポラリーさんへ感謝の会

岐阜市長良にある人材派遣会社、サン・テンポラリーの後藤社長は、私の小学校時代からの幼なじみです。この歳になって付き合いが続いている友人はそれほど数多くいるものではありませんが、お互い、組織を預かる立場として時に悩みを打ち明け合い、支え合ってきました。

私はかねがね、人材派遣会社の社長という彼の仕事は自分には到底出来ないと話していました。私の目には、彼の仕事は8割が派遣社員が派遣先でトラブルをおこしたその謝罪回りか、派遣社員から労働条件や、仕事内容の不満などをぶつけられて、またそこでも謝ったりしている、本当にそんな感じだと思っていました。(あながち間違いでもないと思います)

そんな彼もリーマンショック、コロナ、さまざまな苦境を乗り越えて多くの社員をかかえる立派な経営者となり、先日、「自分たちが事業活動で得た利益をサニーサイドの子ども達につかってほしい」と寄付の申し出をいただきました。

サニーサイドもまだまだ道半ばで色々大変なところを、こうして支えてもらえること、更には、彼がここにくる道のりが決して平坦なものではなかったことを知っている身としては、どうにか、後藤社長と奥さん、社員の皆さんに感謝の気持ちを示したいと思い、今日、園にお招きしました。

子ども達の教室をみて回っていただいたり、小学部の生徒達の学習発表をみていただいたりして、更には、先生達と子ども達の協力のもと、感謝の会のセレモニーにも参加してもらいました。感謝の会では、年長さんが素敵な歌を披露してくれ、みなさんとても感動したと言ってくださいました。

自分たちの日々の仕事がこういう形で報われるのは、お金では決して買えない経験だと言っていました。私はお金をいただいた立場でえらそうにはいえませんが、企業人としてはすばらしいお金の使い方だと思いました。と同時に、子ども達に囲まれて嬉しそうにしている友人の姿をみて、また彼のここまでの道のりを思い返し、胸が熱くなる思いでした。

後藤君に限らず、サニーサイドは本当に多くの人に支えていただき、またサニーサイドの生徒達も多くの方に感動を与えています。あらためて、サニーサイドのみんなを誇りに感じた素敵な一日でした。

2021/03/17

3.11を忘れぬように

東日本大震災から今日で10年。あのとき、僕は園長室でPTAの会長さんと打ち合わせをしていました。一瞬ぐらぐらっと揺れましたが「あれ、今の地震?」という程度で、その後、同じ日本であんな大惨事が起こるとは夢にも思いませんでした。

翌日になり、被害の甚大さが伝わると、保護者の方が「助けないといけない、何かみんなで送りましょう」と口々に言い出して、「水が、おむつが足りないらしい、自衛隊が運んでくれるらしい・・・」日本中で情報が錯綜し、でも誰もがじっとしていられないという状態でした。

結局はどれも無責任にSNSで回ってくる情報ばかりなので、私はまず保護者会の役員さんに「落ち着いて、何が必要なのか冷静に見極めましょう」と説得し、結局、一人毎月500円、ワンコインを目処に寄付金集めを半年間継続してやりましょう、と提案しました。この類のことは思いつきよりも、継続性をもって支援を意識することが大切だと思いましたし、最後は被災地の方が本当に必要なものを購入するのがいいと思ったからです。

結果、秋までに150万ほどの募金が集まりました。そしてその頃、私とPTA会長で、いわき市の津波で全壊した幼稚園を訪問し、色々なお話を聞きました。それによって、いわゆる「物資」はほとんど足りていて、むしろ一方的に送り付けられた衣類や食料が園庭に山積みになって困っているという状況を聞きました。

私はそうであれば、もうそのままお金をお渡しして、園とそこの保護者のみなさんの必要なものにお遣いいただけばいいのではと思いましたが、それだけでは味気ないので、何か精神的に励ますことが出来ればと思い、歌手の由紀さおりさんに相談したところ、「私も行くわよ」と快諾して下さり、最後は由紀さんとうちの職員でお邪魔して、「童謡の会」というのを行いました。子ども達と一緒にたくさん歌を歌いました。うちの先生達も練習したコーラスを披露しました。最後、由紀さんがお母さん達を前に「ゆりかごのうた」を歌った時は、会場中ですすり泣きが聞こえたのを覚えています。悲しさの中に、でも人の支え合いのぬくもりが感じられた時間でした。

「いつもは見えている海の潮がとつぜん引き、陸から1キロくらいの沖まで、地底が見えた。見えるはずのないものがみえたと思った瞬間、大きな黒い壁のような波が押し寄せて、必死で高台に逃げた」、と園長先生から聞きました。私たち職員全員涙をこらえながら現場で色々な話を聞きました。

あの日の悲惨な現実は、誰も忘れてはいけないと思います。当たり前は決して当たり前ではないということ、日々生かされている感謝の気持ちを持っていないといけないということ、そして不幸にも命を絶たれてしまった方々のためにも、生きている私たちは頑張らなくてはいけないのだということ。

今日も、各クラスで先生達が子ども達に震災についての話をしたと思います。私はどういう伝え方でもいいから、そこは任せるけれど、こういうことがあったのだということを話してほしいと頼みました。

私が真剣に日本の教育改革の必要性を思いついたのは、震災があって、世の中が一変してしまい、今までの価値観が大きくシフトしている感じを覚えた2011年の翌年、2012年のことです。それからサニーサイドの取り組みもほぼ10年になろうとしています。そして今回はコロナでまた更に時代が変わろうとしているように感じるのです。

私は、この園で育った子ども達が、いつか大人になり、被災した人たち、国を追われた人たち、飢えに苦しんでいる人たち、そういう人たちに助けの手を差しのべられる、自分の幸せだけではなく、自分の周りの人を幸せに出来る人になってほしいと改めて、今日この10年目の節目に、思いをめぐらせています。

2021/03/11

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